こんにちは。

現在、学習スタイルコーチの養成講座を受けているざくちゃんと申します。

1週間に1回程度、

・講座の感想

・どのように生活や仕事に活かしているか

などを共有させて頂くことになりました。

どうぞ宜しくお願い致します…!

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学習スタイルコーチの養成講座の特徴の一つに仲間と一緒に学ぶことが挙げられます。

講師の話を一緒に聴くという狭い意味の「一緒に」ではなく、実践しあったり気づきを共有しあったりしているので、共に学びあっているイメージを私は持っています。

16期として一緒に学んでいる4名は、約3か月前に出会ったばかりで、一度も対面で会ったことがありません。

それにも関わらず、ネガティブな感情も含めてありのままのことを話せる貴重な仲間です。

講座前、オンラインは話しづらく人と距離を縮めるのが難しいと感じていた私が、どうしてすんなり心を開くことができたのか考えてみました。

・同じ志で学んでいる仲間だから?

・メンバーが優しいから?

・双方向で毎回学び合っているから?

もちろんこれらの理由はあると思いますが、お互いを「あだ名」で呼び合っているのも一つの大きな要因だと私は考えます。

講座の主宰者、マインドフルラーニングの代表の有希子さんは、あだ名で呼ぶことを「肩書外し」とおっしゃっていました。

子どもの頃はあだ名で呼ばれることがほとんどですが、大人になると「○○先生」「○○さんのお母さん」など、立場や他の人との関係で呼ばれることが多いのではないでしょうか。

言いたいことがあっても「年上の保護者だから」「先生だから」と相手の肩書きも自分の肩書きもどうしても気になってしまいます。

あだ名で呼び合うことによって、その人自身と向き合うことができる感覚があります。

私はつい仕事で関わる保護者の方を「お母さん」「○○君のお父さん」と呼んでしまいます。

でも、面談など保護者の方自身の気持ちに寄り添いたいときなどは「○○さん」と呼びかけるようにしたいと感じました。

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「肩書き外し」は子どもと向き合うときにも大事なことだと思います。

大学時代、ボランティアで初めて子どもと対峙したとき、きらきらとした目で近寄ってきてくれた子どもたち。

一緒にいて楽しいと感じればそばにいて話しかけてくれますが、つまらないと判断すればスーッといなくなっていきます。

製作だったり、子どもたちが好きなキャラクターに詳しかったり、小さな強みがあれば、ぐっと彼女たちと距離を縮めることができます。

私の今までの経歴や頑張ってきたことを全く知らない彼女たちは、まさに肩書きではなく、私自身を見ていたのだと思います。

今目の前の彼女たちに何ができるかが一番大事なことだと強く感じました。

それに対して私は、年齢や障がいの有無など表面的なものばかり気にして、本人を理解しようとしていました。

子どもにレッテルを貼って、その子自身を見ようとしていなかったのです。

放課後等デイサービスの施設長がこんな言葉をかけてくれました。

「何年も関わっているからといって今日のその子を理解できているわけではない。

毎日 会っていても変わっている。日々新しい気持ちでバイアスをかけないようにしている。」

疾患名やできること・できないことではなくて、今目の前のその子に集中することを教えてもらいました。

自分の肩書き、そして子どもたちのレッテルを外して向き合うことで、お互いに信頼し合い、人として対等に関われるのだと感じます。

彼女たちの得意なことや優しさに私が助けてもらうこともあるのだから。

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子どもや他者とうまく関係が築けないときは、自分が肩書きに縛られていないか、レッテルで相手を見ようとしていないか、注意を向けてみてほしいです。

レッテルや肩書きに囚われていると、自分も相手も苦しいです。

その人の今現在の姿に注目することで、心の距離がぐっと近づき、信頼関係が結べるのではないかと感じます。