「わたし」にとっての’境界線’を知ろう その1

子育て・人育てをしていると、気が付かないうちに手伝いすぎていたり、口を出しすぎていることを他人から指摘されたり、相手からの「反発」という形で境界線を越えたことに気が付かされます。ではどうしたらその「境界」を健全に保てるのでしょうか。そもそも境界線ってどんなものでしょうか?なぜ境界線は大切なのでしょうか。今回は「境界線って何?」について解説します。

国の境界や家が隣の家と区別されているように、私たちは一人ひとり他の人とは別の人間で本来「境界」があります。私たちの身体は皮膚によって外界から区別されているので「ここまでが私だ」ということが外見上わかります。私たちの持ち物やお金のような目に見えるものだけではなく考えること、感じること、も私たち自身のもので、ほかの人の考えることや感じることとは別です。そこでどんな境界があるのか8つの観点から見てみましょう。

  1. 尊厳の境界
    わたしの「人としての価値」はほかの人が決めつけることはできない。私には他人に侵せない尊厳と価値がある。
  2. 感情の境界
    私の感情は私のもの。誰かに「こう感じるべきだ」と指示されるようなものではない。どう感じるかは私の自由。
  3. 身体の境界
    わたしの身体は私のもの。他人がどこまで近づいていいか、触れてもいいかは私が決める。誰かが私の身体を乱暴に扱ったり外見で批判すべきではない。
  4. 時間と空間の境界
    私の時間をどう使うかは私がきめること。私が決めたプライベートな時間や空間に他人が許可なく踏み込むことはできない。
  5. 持ち物・金銭の境界
    私の持ち物やお金を許可なく他人が使うことはできない。その使い道は私が決めることで、他人に指図されない。
  6. 責任の境界
    私のことには私が責任を負う。自分の問題をほかの人のせいにしないし、ほかの人の責任を私が背負い込むこともない。
  7. 性的な境界
    私のせいは私のもの。他人の道具にされたりしない。誰と、いつ、どこで、どこまでの性的な関係をもっていいかは私が決める。
  8. 思考・価値観の境界
    私の考えは私のもの。何を信じ、何を優先するかは自分で選ぶ。価値感を強制されたり、考え方を否定されたりしない。

子育てをしている親、組織の上司、教師、などは境界線を犯しやすい。特に「こう感じるべきだ!」とか「泣くなんて!」とか押し付けると感情の境界を侵すことになる。また「子どもがやるべきことまでせっせと代わりにやってしまう親」は責任の境界を越えているし「こう考えるべきである」と教える先生や上司、は思考価値の境界、を強要している。

これは逆の発想もある。自分が本来守りたい境界線を侵されることもある。これについては次回に続く。
まずは自分はどの境界を侵してしまっているか、他人から侵入されがちか、意識しておくことからはじめの一歩。書き出してみよう。

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